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帆船軍艦

軍艦

軍艦は17世紀半ばから、海軍の主力として海に君臨しました。最強の武器を搭載し、高い機動力がありました。四角帆を持つヨーロッパの帆船は高速でした。また、乾舷(喫水線から上甲板までの高さ)が高いため悪天候でも航行が可能でしたが、風に強く左右されました。その後、帆は改良され、排水量も多くなり、舷側に大砲が設置されました。船は戦闘前は1列の陣形をとっていますが、戦闘時は陣形は崩れ、最後は混戦となりました。大砲は効率が悪く、砲撃は散発的なもので、味方の船が邪魔になって撃てなくなる事もよくありました。小型船は爆発物や引火性の高いものを梱包し、敵船にそれを流しました。実際、この戦法で勝敗が決することがたまにありました。17世紀中期、船は縦列の陣形を組み、効果的な攻撃ができるようになりました。縦列の陣形は効果的な戦法でしたが、多くの似たような船で構成する必要がありました。というのも、敵が弱点を見つけて、そこから陣形を崩される恐れがあったためです。鉄砲かじ屋は船に搭載するカノン砲効率よく製造する方法を確立し、船に搭載できるカノン砲の数によって船を分類することが可能になりました。1653年イギリス共和国は海軍制度を改革し、船を6つの艦級に分類しました。1級艦90門以上、2級艦80門以上、3級艦50門以上、4級艦38門以上、5級艦18門以上、6級艦6門以上でした。また、3級艦以上を戦列艦としました。1637年にフィニアス・ペットによって造られたイギリス軍艦・/span>ロイヤルソブリン・/span>を例に取ると、排水量2,000トン、全長53m、船幅15.3m、深さ6.1m、下層中層の砲甲板に30門、上層の砲甲板に26門、船首に14門、船尾に12門、計82門のカノン砲を搭載していました。

この船は華麗に装飾され、著名な画家ヴァン・ディックのスケッチ画を模した彫刻が施され、船首にはイギリス国エドワード王が馬に跨り、7人の王を踏みつけている彫刻が彫られていました。この“ロイヤルソブリン”はイギリス海軍の旗艦として、多くの海戦に参加しましたが、残念な事に1696年、ロウソクが倒れたという些細な事で火災を起こし、海の藻屑となってしまいました。

他の国では、カーディナル・リシュリューが1626年にフランス海軍を創設し、軍艦セントルイスを建造、ロシアでピョートル1世により創られたロシア艦隊が海の雄となっていました。