アルジェリア
元来アルジェリアには野蛮族が居住していました。7世紀になってアラブ民族に征服されイスラム教圏となり、中世以後アルジェリアは海賊の中心となっていました。レッドベアード、ドラグーツなどの海賊の大物は地中海を手中にし、ヨーロッパの多くの国々は彼らに金銭を支払うことを余儀なくされていました。1609年から1616年にかけて海賊は大量の船を襲いました(その内の446隻のみはイギリス船)。海賊はアゾレス諸島やデンマーク、ノルウェーにまで進出し、エルベ川やテムズ川でも目撃されたと報告があります。1799年アメリカは海賊に対し、5万ドルとカノン砲28、砲弾10,000、大量の火薬、それから船や装備品に到るまでを支払いました。海賊は法の下に組織され、奴隷売買に随行するようになりました。一方、ヨーロッパの国々は度々海賊を取り締まったり、彼らの棲家を襲ったりしました。例えば1655年イギリス艦隊が出撃し、アルジェリアと戦いましたし、1683年フランス海軍は6,000発もの砲弾でアルジェリアを攻撃し、町は廃墟と化しました。5年後の1687年、フランス海軍司令官ドエスターは大艦隊を率い、再度アルジェリアを攻撃しましたが、アルジェリアは都市に2万人の兵を配し、海岸線には100のカノン砲を配備するなど、強固な防衛を敷いていました。艦からの砲撃が始まると、アルジェリア司令官マエストロはフランス領事やフランス人捕虜に対し、カノン砲で敵に砲撃する事を命じ、フランス軍は予想しなかった反撃に戸惑いました。1830年フランス軍はアルジェリアに侵攻、その後長い間アルジェリアはフランス国の一部として占領されました。
特殊ユニット - マムルーク騎兵,
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