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ポルトガル

ポルトガルでは航海や海外貿易が全盛期を迎えていました。エンリケ王子はアフリカ沿岸への探索を行い、1418年にマデラ、1447年にアゾレス諸島、1455年にセネガンビアを発見しました。1486年、探検家バルトロメオ・ディアスがアフリカ南端、喜望峰に到達します。バスコダガマは1497〜1498年にインドに到着。1520年には東インドへの入植が始まりました。1505年にはスリランカ沿岸が、1507年にはモザンビークがそれぞれポルトガルの所領となりました。1500年にはカブラルがブラジルを発見します。ポルトガル沿岸は多様な輸入品や高価な金属を載せた船でごったがえすようになります。様々な国の植民地貿易はポルトガルが一手に握っていました。しかしながらこのポルトガルの急激な台頭はイギリスやオランダとの軋轢を引き起こすことになります。ポルトガル艦隊はイギリス艦隊により駆逐され、1578年から1640年までスペインによって統治されることになります。オランダは東インドにおけるポルトガルの権益を獲得し、1624年にはブラジル総督府のあるバイア港に侵入し、これを砲撃します。1632年にはスリランカ、1640年には東インドをもオランダに奪取されます。またポルトガルは大陸間での戦争に積極的に参入しなかったため、地理的ポジションも失いつつありました。新世紀に入り、イギリスとの間で植民地戦争が起こりますが、ポルトガルにかつての勢いはなく、植民地や貿易に関しての権益を失うようになりました。

特殊ユニット - 造船所